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大阪地方裁判所 昭和30年(行)7号 判決

原告 木村順次郎

被告 小沢勝治

被告 大阪府知事 赤間文三

代理人 河合善彦

〈外二名〉

主文

一、被告小沢勝治は原告に対し

大阪市東住吉区瓜破東之町九〇四番地

一、田 一反一畝歩 外畦畔一三歩につき、大阪法務局八尾出張所昭和二六年二月六日受附第七二九号を以てせられた、昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡を原因とする所有権移転登記の抹消手続をせよ。

二、原告の被告大阪府知事に対する訴を却下する。

三、訴訟費用中原告と被告小沢勝治間に生じた部分は同被告、原告と被告大阪府知事間に生じた部分は原告の各負担とする。

理由

原告主張事実は原告主張の買収令書が原告に到達しなかつた点を被告小沢が争う外は全部当事者間に争いがない。そして当裁判所の昭和三〇年四月一六日附書面による調査の嘱託に対する大阪府知事の同年六月三〇日附回答書によれば、原告主張の買収令書は一応原告宛に発送せられたもののようではあるが、これが送達不能となつて返送された後は令書交付に代る公告もなくそのまま放置せられたものであることが認められる。そうすれば本件買収処分は後にせられたその処分の取消をまつまでもなく、その効果は発生しなかつたものであつて、従つてその買収の効果が発生したことを前提としてせられた被告小沢に対する売渡処分また無効たるを免れない。従つて本件物件の所有権は依然原告に存することは明かであるから、被告小沢は右物件についての原告主張の所有権移転登記の抹消登記手続を為すべき義務があることまた明かである。

しかし、原告はなお、被告大阪府知事に対し、前期買収登記の嘱託の取消をもとめる。右買収について、その効力がないかぎり、その買収登記の無効であることは明らかであるから、本件土地につき依然としてその所有権を有する原告は、これと相いれない買収登記の抹消をもとめることができなければならない。そして、買収登記は買収処分を行つた都道府県知事(知事)の嘱託に基いて行われるのであるが、その登記において、新たに所有権を取得した権利主体として表示されるのは国であり、知事は国の機関として登記の嘱託をするにすぎない。また、登記はいうまでもなく登記官吏の行為であつて、買収登記は、登記の嘱託書を綴込帳に編綴すると、その編綴の時に、嘱託のあつた登記事項等の登記があつたものとみなされ、通常の所有権移転登記の場合と異つた登記方法が特に定められたものであるが(昭和二二年勅令第七九号自作農創設特別措置登記令)、登記の方法が異るだけで、知事の登記嘱託が登記そのものになつているわけではない。従つて、その買収登記を排除するためには、登記の抹消が必要であり、登記の抹消は登記官吏がするのであり、登記官吏が登記の抹消をするには、新たな抹消手続が行われなければならない。買収登記の抹消については、買収登記の手続の特則を定めた前期昭和二二年勅令第七九号に何等規定するところがない。しかし、買収登記そのものの登記嘱託をする権限のある知事において登記抹消の嘱託をもなすべきであろうし、その嘱託によつてはじめて登記官吏は抹消登記をし、これによつて買収登記抹消の効果が生ずることになる。通常の所有権移転登記の抹消が、登記抹消の申請に基いて行われるのと同一である。知事が、さきになした買収登記の嘱託を取消したところで、それで登記抹消の効果が生ずるわけでもなく、また、それを登記官吏に通知したとしても、登記抹消の嘱託がないかぎり、登記官吏は、すでに完了した買収登記の抹消をするに由がない。登記官吏が職権で登記の抹消をすべき場合に当らない。もし、知事に請求をしても知事が登記抹消の嘱託をしないときは、登記上現に所有権の主体として表示されている国がその登記抹消義務を負うわけで、知事は登記抹消嘱託の職務権限をもつとしても、国の機関として然るにすぎないのであるから、国を被告として登記抹消手続を訴求し、その勝訴の判決をそえて登記所に登記の抹消をもとめるほかはない。

以上の通り考えてくると、原告の所有権と相いれない買収登記を排除するためには、被告大阪府知事の買収登記の嘱託を違法として、その取消をもとめることなどは、必要でもないし有用でもなく、法的利益がないといわねばならない。その他の関係でも、右のような買収登記の嘱託の取消をもとめる法的な利益はないと考える。

従つて、被告大阪府知事に対する原告の請求は不適法として却下をまぬがれない。

よつて、被告小沢に対する原告の請求は、これを認容し、被告知事に対する訴は却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 山下朝一 裁判官 鈴木敏夫 萩原寿雄)

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